東京地方裁判所 昭和53年(刑わ)1812号 判決 1979年3月23日
被告人 向山和光
昭二一・三・八生 印刷職員
主文
被告人を懲役八月に処する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、いわゆる中核派に所属するものであるが、昭和五三年五月二一日午後一時四五分ころ、東京都豊島区千早町一丁目一一番地一七所在の前進社第二ビル二階印刷室において、警視庁深川警察署勤務警視庁警部阿部芳夫らが、同年五月一八日警視庁扇橋自動車整備工場において発生した氏名不詳者に対する非現住建造物放火等被疑事件の証拠物として、東京簡易裁判所裁判官により発付された捜査差押許可状に基づいて差押えた証拠物を、被告人らにおいて立会人として交付を受けた押収品目録交付書と点検・照合中、矢庭に右証拠物中の前記非現住建造物放火等被疑事件の犯行日前後ころを含むいわゆる中核派の金銭出納状況等の記載された水溶性レポート用紙三綴及び暗号解読表・暗号文書等の水溶性メモ紙三枚を水の入つたポリバケツに突込み、手及び足を用いて攪はんして、右レポート用紙約二綴分及びメモ紙三枚をのり状に溶解させ、残り約一綴分のレポート用紙の一部を溶解させ、もつて、公務所の用に供する文書を毀棄したものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
被告人の判示所為は、刑法二五八条に該当するので、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役八月に処し、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して全部これを被告人の負担とする。
(被告人及び弁護人の主張に対する判断)
被告人及び弁護人は、本件捜索差押が被告人の勤務先である前進社の出版業務活動を壊滅するために行われた違法な処分であり、これにより差押えられた文書は公用文書毀棄罪の客体となりえず、また押収品目録の記載物件と差押の対象物件との点検・照合中は未だ差押の効力が生じていないとみるべきであつて、本件は右の点検・照合中の過程で発生したものであり、さらに被告人において右の点検・照合中は依然として自己に差押の対象物件の占有があると信じ、かつそう信じたことにつき相当の理由がある旨主張する。
しかしながら、本件記録上、本件捜索差押自体に違法と目すべき点を見出すことができず、また前掲各証拠によれば、被告人が毀棄した判示物件は、判示場所を捜索中田尻好賢巡査部長により発見され、直ちに熊谷清文巡査部長を介して小島勝視警部の判断が求められ、同警部がその内容を点検した上差押物件に該当する旨の指示をし、引続いて差押物件の保管・記録担当の木村昭一巡査部長がこれを保管するにいたつたものであることが認められ、右の事実に徴すると、判示物件は、右の小島勝視警部が差押物件に該当する旨の指示をし、木村昭一巡査部長がこれを保管するにいたつた時点において、差押の効力が生じたものと解すべきであり、同時に、右の時点からいわゆる公務所の使用する状態におかれた公用文書とみるべきものであつて、その後において押収品目録の交付がなされ、立会人の申出により同目録の記載物件と差押物件との点検・照合がなされることがあつたとしても、右差押の効力に消長を来たすものではなく、右の点検・照合中に故意にこれを毀棄すれば公文書毀棄罪が成立するといわなければならない。さらに、被告人の当公判廷における供述中には、被告人は右の点検・照合中は自己に差押の対象物件の占有があると信じていた旨の供述が存するが、右供述は前掲各証拠に徴してたやすく措信することができないばかりか、かりに被告人がそう信じていたとしてもそう信ずることにつき相当の理由があるとみることはとうていできないから、公文書毀棄罪の故意を阻却するものではないといわなければならない。
したがつて、被告人及び弁護人の右各主張は、いずれも採用することができない。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 中山善房)